夫婦の距離感と境界線

夫婦の距離感と境界線

今日は、23回目の結婚記念日のお祝いを夫と二人でしました。
本当は8月8日なのですが、ちょうど子どもも不在だったので今日にしました。

特別なことは何もなくて、二人ともお酒が好きなので、近所の居酒屋に行きました。
二人きりで食事をする機会が増えてきたのはここ数年のこと。

ありきたりの会話ですが、なじんだリラックスできる人と一緒に過ごす時間は、
それだけで幸せなんだなと最近の私は思えるようになりました。

あっという間に大きくなってしまった子ども達。
あれほど大変だ~と騒いでいた日々を懐かしく思います。

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夫婦のちょうど良い距離って、どのくらいなんでしょう?

物理的にはうちの場合、夫はリビングの隣にある和室が居場所になっています。
私は、ダイニングテーブル。

この距離だと、なんとなくお互いの空気感や雰囲気が伝わってきます。
お互いのやっていることが直接見えないのも、ストレスがありません。

機嫌が悪くなると、夫は和室のふすまを閉めます。
私もこれ以上関わりたくないと思った時は、そーっとふすまを閉めます。

同じ屋根の下、ずっと一緒はやはり苦しい。
適度な距離感や、境界線を守るための道具があることが、
お互いの健全な距離を保つためにも必要だと思っています。

では、精神的にはどうなんでしょう?
ここがずっと私の中の課題でした。

依存と支配と服従。被害者意識と得ていたメリット。
繰り返していたコントロールドラマの数々。

メリットというと、びっくりされる方もおられると思いますが、
一見ネガティブなことも、よ~くみるとメリットを得るためにやっていたことがあるのです。

私に必要だったのは、精神的な自立。
頼ることと依存することの違いを知ることでした。

依存は要求を伴います。何々してくれたらこうする、あるいは何々してくれないならしない。
何かあったら相手が悪いと人のせいにする・・・未熟な条件付きの愛です。

頼るとは、お互いが自分の足で立ちつつ、助け合う姿勢です。
どちらかが倒れたとしても、もう一人が支えることができる状態。精神的にね。
支えられることも自分にOKを出して受け入れられる関係。
フェアな立ち位置です。そこには男女差がありません。

物心両面での住み分けができると、夫婦関係がとても楽になります。

どうしてもうまくいかないときには、一度負ける決意をしてみることをお勧めします。
結構無意識に夫婦の主導権争いをしている場合があります。

負けたくない、あなたには言われたくない、などの無意識のエネルギーがぶつかっているかもしれません。
なぜ無意識なのかというと、小さい頃の両親の関係性が影響している場合が多いからです。

いつも父親の悪口を子どもに話す母親や、母親に暴力をふるう父親の姿などを見ている子ども時代があったとすると、
柔らかな心を持つ幼少期の心に影響を受けていることが多いです。

負けるが勝ちということわざがあります。
とことん負けて、相手に譲ってみてください。

その時同時に、あなた自身は何も失うものがないことを知るでしょう。

それは、逆に得るとは何か、所有するとは何か、という問いを自分の中に立てることで、
存在そのもの、本質そのものに焦点を当てることにつながります。

そこまでいくと、高次の自分との対話になったりする場合もあります。

すべては自分だったということに気付くと、人生の目的はなんなのか、と
また新たな問いが立つかもしれません。

夫の言動に、妻の言動に傷つけられた、という経験がある人も多いと思います。
けれど、誰もあなたを傷つけることはできないのです。

傷つけられたと思うのは、自尊心の部分。プライドの部分。

けれど、あなたの存在は誰にも傷つけられない。
傷つけようのない尊い存在なのです。

違いを見極める力をつけることも、自分の領域においてできることの一つだと思います。

 

 

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AKO

AKO

自然療法オタクの心理セラピスト・カウンセラー・・・転勤族の専業主婦から”自分の人生を生きる”ことにコミットして天命使命を生きている。『今ここから、いつだって気づいた時が人生シフトのタイミング!』人生をクリエイトする力は、誰もが持っている。ハートからあふれる言葉を綴ります。 詳しいプロフィールはこちら