攻撃的な言動や態度の奥にあるもの

少し前のことですが、ボランティア仲間の打ち合わせで

あることに対する意見の食い違いで、すごく攻撃的な発言をした人がいました。

時間を変更したらよいのでは?という提案に対して、何人かが意見を述べたのですが、

「私の方が長年やっているから、経験的にわかっている。だから私の意見が正しい。変える必要はない」

私が驚いたのは、その人が普段見せたことがないような、攻撃的な態度をとったことでした。

変えたくなかったのです。その人は。

きっと、変えないことでの良い点をたくさん知っていたのでしょうし、

変えたら困るようなこともあったのでしょう。

それにしても、どうしてそこまで変えることにたいして、かたくなになっていたのだろうか?

ずっと私の頭の中から離れませんでした。

そして、ふと思ったのですが、

それは、その人の中にある変わることへの怖れ、

変化に対する未知の恐怖があったのではないか、ということです。

心のどこかで変われない自分はダメだ、

変わることを恐れている自分はダメだと、責めているのかもしれません。

変化を恐れている弱い自分を守ろうとするが故の、

相手に対する攻撃だったのではないかと・・・

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どんな人でも弱い部分があります。

それはそれで全然いい。人間だからね。

弱さがあるから、人は素晴らしいし、魅力にもなる。

私だって、弱いとこだらけ。

ただ、自分の弱さを自分自身が受け入れていないと、

思わぬ形で、人を攻撃してしまうのだなと思いました。

その人だって、人を攻撃するなんて本意ではないはず。

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では、どうしたら自分の弱さに気づき、受け入れることができるのでしょうか?

それは、自分に対する”ゆるし”から始まるのではないだろうか。

ちゃんとしていなければいけない
しっかりしていないと認めてもらえない
できない私はダメ
やれない私は価値がない

例えばそんな自分に対するジャッジを全部ゆるしてみる。

ちゃんとしていなくてもいい
しっかりしていなくても大丈夫
できてもできなくても私は素晴らしい
やってもやらなくても価値に変わりはない

そんな風に肯定的に、あるいはニュートラルに言い換えてみる。

どんな感じがするだろうか?

ひょっとして、小さいときに親から言い続けられた言葉ではないかな?

まだ概念ができる前から、あびせられていた言葉が無意識に影響している場合もある。

自分の弱さを知っている人は、本当は強い人。

自分をゆるす力があるってことだから。

ゆるすってことは、弱さを受け入れること。

自分の弱さを受け入れられたら、人の弱さも受け入れられる。

そしたら、生きやすくなる。

弱い自分を守ることに、エネルギーを注がなくてもよくなるから。

自分をゆるすことをやってみると、案外強くてしなやかな自分に出会えるかも知れない。

 

 

 

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