生きていれば様々な場面で
あの時こうすればよかったとか
もっとできたことがあったはず、などの後悔や
申し訳ないことをしたとか
わるいことしちゃったな、などの罪悪感を持つことが誰にでもある。
”たられば”などもそうだろう。
後悔や罪悪感を感じることは決して悪いことではない。
そこに愛があった証拠だと、どこかで聞いた言葉だ。
自分の中の愛の表現の一部ととらえることもできる。
となると、後悔や罪悪感をどう扱うかが大切になる。
なくそうとするでもなく
どっぷりその中に浸り動けなくなるでもなく
それを理由に何かをしないでもなく
かといって過激にばねにして乗り越えるでもなく
どう扱うか。
とてもシンプルだ。
”今、私は後悔している”
”今、罪悪感を感じている”
と今、起きている気持ちを、ただそのまま感じてあげることだ。
ふとした瞬間に過去の出来事を思い出し
後悔や罪悪感に取り込まれそうになったら
今私はそう感じている、と気づいて受け入れてあげる。
それは、自分の大事な気持ちと一緒に生きていくことであり
自分と仲良くすることであり
今を生きているということである。
後悔や罪悪感を持たなくていいというが
だってあるんだもの。
感じているという事実から目をそらしてはいけない。
愛する人がいる以上、自然にわき起こる感情なのだ。
そして、一番大切なことは
自分を責めないこと。
自分を責めることでなにかしら責任をとったつもりになるから
責めてしまうこともあるだろう。
でも、それって自分の中で勝手に作ったストーリーなのだ。
誰も得しない。
責任転嫁や、人のせいにしたがるのも同じ原理だろう。
そっちに意識を向けるのではなく
無理して成長につなげなくてもいいから
後悔や罪悪感のいたたまれなさに
しばし浸かる勇気を持つことだ。
ずっとは続かないから。
踏みとどまろうとしても、一瞬先には消えているから。
後悔や罪悪感を抱えた自分と生きる覚悟を持つことが助けになる。