息子2人を大学に行かせるまでは自分のことは後回しにして、子育てを優先しようと決めていた。
その決意の背後には、罪悪感があった。
私の子育て、それはひどいものだった。
できることなら、なかったことにしてほしい。
できることなら、記憶から消し去りたい。
・・・それほど、失敗感が強かった。
心理の勉強を始める数年前までは、ずっとそう思って自分を責めてきた。
もっとあの時こうすれば、今頃そんなことになっていなかった。
あの時あんなことしなければ、こんなことにはならなかった。
延々と続くネガティブ思考のスパイラル・・・
望んでいたことは、親の望むような子に育ってほしいというものだった。
それは見事に裏切られ、今、彼らは彼らの人生を歩んでいる。
今では笑って振り返れるけど、子育て真っ最中の時は真剣に理想通りの子育てを目指し、
奮闘していた。お受験ママをばっちり決め込んでいた。
今では、未熟ながらも必死に子育てしてきた若い母親だった自分をけなげだなぁ
と受け入れているし、いとおしくさえ思える。
私を苦しめていたのは「失敗」ではなく、「失敗感」であるとわかった時が、
自分を許した時だった。
そもそも「失敗」って何?ってところからだった。
「人生に失敗なんてないんだよ」・・・相談に行った、あるお坊さんの言葉の本当の意味が分かったのは、
ずいぶん後になってからだった。
失敗という敗北感を味わいたくないから、
失敗というみじめさを感じたくないから、
だから失敗を恐れて、避けて、逃げてきたつもりだった。
今、目の前で生きている息子たちに目をやれば、私の抱いていた「子育ての失敗」は、
妄想であったのだとわかる。
頭で作り上げたイメージで自分を苦しめていたのだ。
世間という幻想の中で生きていたから、失敗を恐れていたのだ。
目の前に存在している「いのち」に目をやること。
そこから感じることだけが真実。
「いのち」には、失敗も成功もない。